もう一人のぼく【矢尾】

服を買うことが苦手だ

正確には自分に似合う服を選ぶのが苦手だ

 

学生時代に買ったオレンジ色のコートは、母親から「消防士みたい」と

一蹴されてしまったこともあるほどに、センスがないのだ

 

それでも基本的には困らないと考えていた

なぜなら山での田舎暮らしというのはオシャレよりも

いかに過ごしやすい服を選ぶかがポイントであり、そのためにオシャレを考えなくても

それをとがめる人はまぁまずいない環境だからだ

 

そんな今年の夏

「23歳にもなってオシャレも多少心得ていないとマズイのではないか」と

心の中の大正論天使が田舎で唯一僕を咎めてきた

その声は日に日に大きくなり、ついにはマツコDXばりに叫んでくるようになったので

街で服を買うことにした

「とりあえずGUに行きなさい。手ごろな値段で、無難な服を揃えられるわ」

そんなマツコの助言に従い、GUへ

 

しかしこまった

 

自分に似合う服がわからない

片っ端から試着してみても、どうにもしっくりこない

困り果てた僕は、ふとマネキンに目をやった

 

―そうだマネキンコーデだ

 

マネキンコーデ。おしゃれ初心者が迷った果てに見いだす安住の地

いわばお店から指定される、公式の組み合わせだ

試しにお店に入ってすぐのところにおいてあるマネキンと全く同じ服を試着する

これがなかなか良い

というか良いように見える

お手本通りに組み合わせることによって生まれる安心感。仮に人に「その組み合わせってどうなの?」

と聞かれても

「え?なんか買った店ではこういう着こなしで置いてあったから(マネキン)」

というオシャレ初心者にとって最も恐ろしいワードすらもはねのけられる保険付きだ

というわけでマネキンコーデを即買い

虎の衣、ならぬマネキンの衣を買う矢尾の誕生である

 

そしてこれがまずかった

 

マネキンコーデの良さはその公式という安心感だ

しかしそれはそれ以外の服で組み合わせた時に起こる「え?これってオシャレなのかな??」

という不安感をより一層あおる諸刃の剣でもある

 

その結果僕は、お出かけの際はそのマネキンコーデでしか

出かけない、それはそれはおもしろみもない人間になり下がってしまったのだ

 

「じゃあ新しい服また買いなさいよ」

 

僕はマツコの意見にまた従うことにした

僕にとってはGUに行くことも、立派なお出かけだ。なにせ服屋さんにいくのだ

「服屋さんに行くための服がない」なんて悩んだ時期もあった

でも今は違う。ちゃーんとオシャレな服もあるもんね!なにせGUのマネキンと同じのを買ったんだから!

 

……あれ?なにかおかしい気がする

 

GUの扉を開けて最初に目についたのは、僕と全く同じコーディネートをしたマネキンだった

 

 

―――もう一人の、ぼく?

 

あまりの衝撃に、僕は一瞬そんなことを考えた

いや違う、あそこにいるのはついこないだ衣を買ったマネキン先輩だ

しいて言うならオリジナルはあっちだ。僕は所詮ミュウツーだ

と、ここで店員さんと目が合う、相手はなにも言わない

でも僕はニュータイプだからわかる。店員さんが心の中で「やってんなあいつ」と思ったことを

そう思いだしてからやっとぼくの心の中で羞恥心がいっぱい暴れだした

 

やっちまった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

店員さん以外のすべての人が僕をみて、「あ、マネキンが歩いてる」なんて思われてるとしか思えなかった

 

帰りたい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

正直にそう思ったが、ここまでくると僕の思い込みはそれはもうはるか彼方まで飛んでいてた

店内のすべての人間が僕を見ている気がするというジョン・ウィックみたいな状況で魂にマツコを飼っているのだ。とても正気でいられるわけがない

「ここで逃げたら、ホントに恥ずかしくて帰った人みたいに思われる。それは、負けだ!」

と、誰ともしていない勝負に負けるわけにいかなかったヤオヌ・リーブスは買い物を続行

とはいえ本当に恥ずかしかった

ちゃんとオシャレも勉強しようと、買い物中にかたく誓った

 

しかし手早く買い物を済ませたかった僕は

また別のマネキンのコーデをまるまる購入した

 

3人目の僕の誕生である

 

 

だれか僕にオシャレを教えてほしい。僕がまた増える前に